謙虚であること
久しぶりに、ある行動を起こしたのだが、その結果は残念なものになった。(あまりに抽象的だが。)
今日感じたこと。
もしかして、最近の私は傲慢ではないのかということだ。
もし私が、友人にそう問うたならば、友人たちは、「いやいやそんなことないよ。」といってくれるだろうか。
これは自分だけにしかわからない傲慢さなのだろうか。
以前、美輪さんが「充実感を得られないのは、感謝がないから」というようなことをおっしゃっていたけれど。
もしかすると、そうなのかもしれない。
無意識に今の自分の生活に慣れすぎて、いまここに、平和に自分があることに感謝できない自分がいるのではないのか?
家族が健康でいてくれて、自分を愛してくれていること、たくさんの友人たちの愛情につつまれていること、
外国に居て貴重な体験ができる環境にいること、
主婦で時間がたくさんあって、なんにでも挑戦できること等など。
幸せの数を上げたらきりがないのに、不幸せの数ばかり数えていなかったか?
幸せかどうかは、自分の心次第とはよく言われるが、まさに自分を不幸せにしていたのは、自分の心だったのではないのか?
今ここにある自分を選んだのは、紛れも無く過去の自分であって、他の誰でもないのだ。無理やり誰かに連れてこられたのではないのだ。自分の意思でここに居るのだ。
全て自分で選んできたことなのだ。
人間なにかあるとついつい傲慢になってしまう。
私は、何にもないのに傲慢になっていたかもしれない。
傲慢になって、今の自分の幸せに気付かない、そして周りへの感謝を忘れてしまっていたかもしれない。
謙虚であること。
謙虚であり続けること。








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